歳時記
早苗田
早苗田>
田植えを終えたばかりの田んぼは、雲を映して輝き、心もとない小さな苗が、風が吹けばいっせいにそよぐ。弥生時代から続く水田の風景です。丹後久美浜の山深く、湧き水を湛えた和久傳の田んぼでも、料理人やスタッフがお客さまと共に田植えをします。
田植えを終えたばかりの田んぼは、雲を映して輝き、心もとない小さな苗が、風が吹けばいっせいにそよぐ。弥生時代から続く水田の風景です。丹後久美浜の山深く、湧き水を湛えた和久傳の田んぼでも、料理人やスタッフがお客さまと共に田植えをします。
歳時記
穀雨
穀雨>
花を散らす雨、森を湿らす雨、畑に注ぐ雨。雨がさまざまな命の生育を促します。成長が目に見える季節です。それでも冬の時間は決して無駄ではなく、種や根の中ではその間に次への何かが起こっていたのでしょう。目に見えない成長には気づきにくいことを考えます。
花を散らす雨、森を湿らす雨、畑に注ぐ雨。雨がさまざまな命の生育を促します。成長が目に見える季節です。それでも冬の時間は決して無駄ではなく、種や根の中ではその間に次への何かが起こっていたのでしょう。目に見えない成長には気づきにくいことを考えます。
歳時記
春分
春分>
春分の頃は、他にも増して、季節の移りがからだにも気持ちにも作用するのを感じます。旧暦は太陽と地球との位置関係を元につくられていて、生きものとしての人の生理にも合っているように思います。それに沿って暮らしていくことは、理にかなったことなのではないでしょうか。三寒四温。差し込む光が、少しづつ、たしかに強まり、気がつくと春になっています。
春分の頃は、他にも増して、季節の移りがからだにも気持ちにも作用するのを感じます。旧暦は太陽と地球との位置関係を元につくられていて、生きものとしての人の生理にも合っているように思います。それに沿って暮らしていくことは、理にかなったことなのではないでしょうか。三寒四温。差し込む光が、少しづつ、たしかに強まり、気がつくと春になっています。
歳時記
かさね紅
かさね紅>
東大寺では修二会の行が始まります。二月堂の十一面観音の周りには、今年も椿の造り花が捧げられます。花となる紅、白、黄の和紙は、毎年、染織史家・吉岡幸雄先生の工房が、祈りを込めて染めています。花弁の赤は紅花、花の芯になる黄はくちなし。連行衆が一輪一輪つくる花は、東大寺の裏の春日山から切り出された椿の生木に、あたかも咲いているように挿されます。1270年の間、一年たりとも休まず続けられている修二会。鮮やかな赤を引き出す伝統の手法も、途切れることはないでしょう。椿、梅、そして桜。花を思い、春を思います。
東大寺では修二会の行が始まります。二月堂の十一面観音の周りには、今年も椿の造り花が捧げられます。花となる紅、白、黄の和紙は、毎年、染織史家・吉岡幸雄先生の工房が、祈りを込めて染めています。花弁の赤は紅花、花の芯になる黄はくちなし。連行衆が一輪一輪つくる花は、東大寺の裏の春日山から切り出された椿の生木に、あたかも咲いているように挿されます。1270年の間、一年たりとも休まず続けられている修二会。鮮やかな赤を引き出す伝統の手法も、途切れることはないでしょう。椿、梅、そして桜。花を思い、春を思います。
歳時記
冬構え
冬構え>
日ごとに夜が長くなるこの時期、高台寺和久傳では、冬のしつらいにいっそうのくつろぎの思いを込め、囲炉裏に炭を入れ、鉄瓶をかけ、十分に暖まった部屋で皆様をお迎えしております。
日ごとに夜が長くなるこの時期、高台寺和久傳では、冬のしつらいにいっそうのくつろぎの思いを込め、囲炉裏に炭を入れ、鉄瓶をかけ、十分に暖まった部屋で皆様をお迎えしております。